Vol.3 9割はコアの主役である横隔膜が機能不全?!――呼吸パターンとコアの安定性

Vol.3 2024年1月
まだまだ知らない呼吸の話――エビデンスを深掘りする

稲葉晃子 米国NATA認定アスレティックトレーナー

9割はコアの主役である横隔膜が機能不全?!
――呼吸パターンとコアの安定性


2023年2月にThe Journal of Strength and Conditioning Researchに、立命館大学スポーツ健康科学部の衝撃的な研究が発表されました。1933人の小学生からセミプロレベルまで複数の競技アスリートを対象に呼吸パターンをテストしたところ(Hi-Lo テスト*)、機能不全の呼吸パターンを持つ選手が91%見つかったとのこと。最も機能不全を起こしている割合が高かったのは中学生の93.7%、次いで小学生であったということです。大学生は割合がやや低いとは言え84.8%もの高い水準です。9割近くの若い選手が呼吸パターンに何らかの問題を抱えている事が判明したのです(図参照:https://en.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=697)。

 

立命館大学の研究で用いられたHi-Loテスト*は、立位(仰臥位の場合もある)で、対象者が胸部と腹部に置いたそれぞれの手の動きを観察します。Hi-Loテストでは、呼吸主要筋である横隔膜が正常な呼吸パターンにあるか、異常な呼吸パターンにあるかを判断するためのマニュアル評価であり、横隔膜の動きに大きく関係します。

*Hi-Loテスト:腹部膨張と前-後胸部膨張を観察することで、呼吸パターンの機能不全を評価するために用いられる。

 

ここで機能不全の呼吸パターンを知るために、横隔膜に関して少し解説します。横隔膜は肺の底にあるドーム状の筋肉で呼吸に重要な役割を果たしています。息を吸うとき、横隔膜は収縮して下方(骨盤側)に移動します。すると胸腔内に空間ができ肺が膨らみます。息を吐くときはその逆で、横隔膜が弛緩して胸腔の上方にパラシュートを広げたように移動します。息をしっかりと吐いた後の横隔膜のドーム状の天井部(横隔膜の腱中心)から、息を吸って横隔膜が収縮し、平坦になるところまで動く上下の領域をZOA(Zone of Apposition)と言います。このZOAが小さいということは、横隔膜の呼吸筋としての関与が減ることで、頸部や背部などの呼吸補助筋がオーバーアクティブとなり、肩や首部、腰部の過緊張が痛みにつながることになります。ごく小さな動きに見えますが、ドーム状の横隔膜が上下(弛緩と緊張)にうまく動かなければ、異常なパターンの呼吸につながるというわけです。Postural Restoration Instituteでは、ZOAの大きさをとても重要視しており、ZOAの再構築が横隔膜の機能回復には必須事項としています。本コラムVol.2(2023年8月掲載)の神戸大学医学部教授の石川朗教授らによる研究で、背上げによって横隔膜のうごきへの影響があるという話がありました。1日2万回以上行われる呼吸の中心である横隔膜の適切な動きはとても重要なのです。

右:呼気 左:吸気
肺の下の赤い部分が横隔膜になり、呼気で最も高く、吸気で最も平らになる。この上下に動く領域がZOAになる

 

Hi-Loテストでは、横隔膜を中心とする横隔膜呼吸が適切に行えているかをチェックします。まず、吸気で横隔膜が求心性収縮する際に、側方へ下部肋骨が広がり、腹部から胸部への360°の拡張が見られます。この時に、腹部だけの拡張となっていないこと、胸部だけの拡張となっていないことが求められます。さらに、吸気で胸郭/胸骨や肩が頭側に移動しないことです。これは、頸部などの呼吸補助筋が収縮してしまうことになります。また、大きく胸腰椎の伸展を起こさないことです。横隔膜と解剖学的に連結している大腰筋が緊張を起こしている場合や、吸気で腹部が大きく膨張してしまう呼吸(一般的に言われる腹式呼吸)では腰椎を伸展する傾向にあります。呼気では横隔膜は遠心性収縮が起こりドームの天井が高くなります。この時に、横隔膜とは反対に腹斜筋群が求心性収縮し、腹部は背骨側に沈みこみ、胸部とともに元の位置に戻ります。腹斜筋群ですが、呼吸の際に横隔膜とは反対の収縮をすることで大きな役割を果たすことになります。機能不全の呼吸パターンの改善には横隔膜のZOAの再構築が必要となりますが、腹斜筋群をアクティブにすることがその鍵となります。

 

Hi-Loテストのチェックポイント(仰臥位)
✓ 吸気で胸郭/胸骨、肩が頭部側に移動する。
✓ 吸気で下位肋骨の側方への広がりがない。
✓ 吸気で胸部からの拡張になっている。
✓ 吸気で腹部だけの拡張になっている。
✓ 呼気で腹部と胸部がもとに戻らない。
✓ 奇異呼吸*になっている。
上記のチェックポイントで ✓ がつくと、機能不全呼吸パターンとみなします。

*奇異呼吸:吸気時に胸郭が陥没し、呼気時に膨張する異常な呼吸パターン


ここで立命館大学の研究に戻ってみることにしましょう。若いアスリートが機能不全の呼吸パターンを起こしているという事は、呼吸の中心である横隔膜がうまく働いていない可能性があります。実は、Pavel Kolar, P.T., Paed. Dr., Ph.D.チェコの発達キネシオロジーに基づく画期的な診断・治療法DNS創始者)をはじめとする多くの研究者たちは、横隔膜が姿勢の安定化にとっても重要な筋肉であることを明かしています。さらに、横隔膜は随意的なコントロール下にあり、呼吸機能と姿勢のタスクを同時に実行できることもわかっています。これらの事から、機能不全の呼吸パターンを起こしているということは、すなわち、コアの安定性にも問題を起こしていることが考えられるのです。


若いアスリートたちもおそらくパフォーマンスの向上に“コア”というものがとても重要であり、コアトレーニングに時間を割いていたことが想像できます。しかしながら、9割はコアの主役である横隔膜が機能不全を起こしていることが考えられるのです。これまでのアスリートのパフォーマンス向上には主に筋肉の柔軟性、関節の可動性、筋力、そしてコアの安定性を高めることがトレーニングやリハビリの中心でした。これからはそれらに加えて、呼吸パターンの改善トレーニングも加える必要性を強く感じます。

次回は、さらに機能不全の呼吸パターンは筋骨格系障害の問題にも関係していることがわかってきているので、これを深掘りします。


稲葉晃子(いなばあきこ)
1963年生まれ、兵庫県出身。米国NATA認定アスレティックトレーナー。1991年まで、女子バレーボールチームユニチカや全日本選手として活動。現役を引退後、米国に留学。留学カリフォルニア州立大学を卒業後、トレーナーとして全日本女子バレーボールチームや様々なトップチームの指導を行う。選手時代から自らも体験し培った腰痛の知識を役立たせたいと思い、腰痛指導を重ね、2012年に米国から帰国しロマージュ㈱を設立。アスリートの指導から、大学、企業、病院・介護施設自治体にて指導、講習実績多数。自力で取り組む大切さを多方面で伝えている。

 

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