Vol.1 膝に手をついて休むのはダメなの?

Vol.1 2023年6月
まだまだ知らない呼吸の話――エビデンスを深掘りする
稲葉晃子 米国NATA認定アスレティックトレーナー


膝に手をついて休むのはダメなの?

 

その昔、部活動に励んでいた皆さんは監督やコーチが激しい練習で息苦しいとき、「膝に手をついて休むな!」と怒鳴られたことはないでしょうか。私はバレーボールの練習中に(特にレシーブ)、息が苦しくてハアハア言いながら両肩を落として手を膝に乗せて休んでいるとボールをぶつけられたことを今でも覚えています(今だとかなり問題になりますが)。

 

この光景での日本の監督たちの言い分は精神的なものということだったのではないでしょうか。アメリカでも同様に膝の上に手をおいて休んでいると怠けていると監督たちは考えていたようです。それに加えて、アメリカでは呼吸を楽にするために胸を広げて両手を頭の上に置くように監督たちは選手に指示していました。私がトレーナーとして就いていたアメリカの大学のバスケットボールのチームでもランニングトレーニングの後にはかならず選手たちはハアハア苦しそうに息をしていたにもかかわらず、頭の上に両手を置いていたことを覚えています。

 

ところが、2019 年になされた研究(Translational Journal of the American College of Sports Medicine)で、この頭の上に両手を置くという姿勢が単なる都市伝説であったことが判明したのです。なんと、激しいトレーニングなどの後に両手を頭の上に置く姿勢よりも両手を膝の上に置く姿勢の方が心拍数を速く回復させる、Co2 の量、1 回の換気量などリカバリーに適していることがわかったのです。

 

さらに、以前は頭の上に手を置くことで、胸を広げ気道を確保し肺の働きが高まるように思われていました。しかし、実際には腕を挙げて体を伸展させた状態では、肺が機能しにくいこともその他の研究で判明しています。上腕二頭筋を例に挙げると、肘が伸展した状態よりも肘を若干曲げた位置の方が重いものを持ち上げることができます。肺自体は動かず周りの筋肉群によって肺は収縮しますが、肺の収縮を促す周りの筋肉群も例の上腕二頭筋のように伸展した状態よりも少し曲げた状態の方が働きやすいのです。よって、頭の上に手を置く姿勢よりも膝に手を置く丸まった姿勢の方が肺の収縮を促せるということなのです。

 

また、体を丸くすることで、縦隔という胸部にある空間が広がることになります。縦郭には心臓や肺などの臓器、大きな動脈、大きな静脈、自律神経やリンパ管などがおさまっています。特に後縦郭(背中側の縦郭)には、大きな動脈、静脈、リンパ管、そして、呼吸をつかさどる自律神経が含まれているので、体を伸展させてこの部分を詰まらせるよりも、丸めて広げてあげることの方が呼吸をゆっくり楽にもどしてあげることにつながります。呼吸のリカバリーには、強いては体のリカバリーにはとても大切になるでしょう。

 

もちろん体を床に平らに休ませるポジションが最も呼吸のリカバリーに有効ですが、スポーツの練習中や試合中ではそういうわけにはいきません。都市伝説はさておき、早いリカバリーには体を丸めて膝に手をつくというポジションは決して怠けているのではないということを若いアスリートには教えてあげなければならないでしょう。

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稲葉晃子(いなば あきこ)
1963年生まれ、兵庫県出身。米国NATA認定アスレティックトレーナー。1991年まで、女
子バレーボールチームユニチカや全日本選手として活動。現役を引退後、米国に留学。留学カリフォルニア州立大学を卒業後、トレーナーとして全日本女子バレーボールチームや様々なトップチームの指導を行う。選手時代から自らも体験し培った腰痛の知識を役立たせたいと思い、腰痛指導を重ね、2012年に米国から帰国しロマージュ㈱を設立。アスリートの指導から、大学、企業、病院・介護施設自治体にて指導、講習実績多数。自力で取り組む大切さを多方面で伝えている。

 

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